労災補償と損害賠償請求について―被災者やご家族が知らないと損をする事実

1.労働災害に遭われた方への補償

労働者は、使用者(経営者)に労務を提供することにより賃金を得て生活しているのですから、もしも怪我をしたり病気にかかったり、あるいはこれらが原因で体に障害が残ったり死亡したりすると、その労働者や家族の生活が立ちゆかなくなります。

 

労働基準法は、第8章「災害補償」において、業務上の災害が発生した場合に、使用者に損失を補償するよう義務付けています。つまり、業務上発生した怪我や病気については、使用者(経営者)の責任において補償を行うのが大原則なのです。

しかし、会社にとっても、高額な支払いは資金的なダメージがあり、労働者への補償により事業活動が困難になることも考えられます。つまり、使用者に支払能力がなければ、補償が受けられなくなってしまうのです。

 

こうした事態を防止し、被災した労働者が確実に補償を受けられるよう、業務中や通勤中の怪我や病気については、相互扶助の考え方に基づく「労災保険」という制度が設けられています。

 

なお、労災保険の給付は、現実に発生した損害をすべてカバーしてくれるわけではありません。他方で、会社などに対する損害賠償請求は、発生した損害をすべてカバーするものです。これを知らないため、適正な補償がなされず、うやむやにされてしまうケースが多々あります。

ただ、会社に対する損害賠償請求は、被災者側から主張しないと、当然に会社が支払ってくれるわけではありません。また、会社に財産がない場合、法律上の請求権を有していても、回収できない危険があります。

 

2.会社への損害賠償請求の法的根拠

2-1.他の従業員の不注意によって怪我をした(不法行為責任)

会社は、会社のある従業員が作業中に不注意によって別の従業員(被害者)に怪我をさせた場合、会社も使用者責任(民法715条)に基づいて、被害者に対して賠償責任を負います。

そのため、この場合は使用者責任に基づいて会社に対して損害賠償を請求して行くことになりますし、当事務所の経験上、比較的、会社も話し合いの段階から責任を認めることが多いです。

 

2-2.自分一人での作業中に怪我をした(債務不履行責任)

「自分一人で作業中に怪我をした場合」は、会社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をすることになります。

「自分一人で作業中に怪我をした場合」は、「他の従業員の不注意によって怪我をした場合」と比べると、会社が「自損事故であるため会社には責任がない」と請求を拒否するケースが多いです。

その理由は、安全配慮義務違反の内容が定型的ではなく不明確だからです。

 

例えば、交通事故であれば、相手に怪我をさせたら加害者に損賠賠償の責任があることは常識であると言えます。

ところが、安全配慮義務違反については、具体的に何をどうしたら違反になるのかという内容が不明確で、会社も認識していないことが多く、また、労災事故については被災者にも一定の過失があることが多いため、会社としては「こんな事故は今まで起きたことがなく、被災者の過失によって生じた事故であり、会社には責任がない」と考えてしまうのです。

 

では、どのような場合に、会社に対して安全配慮義務違反が問えるのでしょうか

 

安全配慮義務は、業種、作業内容、作業環境、被災者の地位や経験、当時の技術水準など様々な要素を総合的に考慮してその内容が決まります。

そのため、具体的な被災状況を伺ってからでないと、会社に対して安全配慮義務違反を問えるかどうかは分かりません。

もっとも、

①重大事故で労働基準監督署が災害調査を行い、その結果、法令違反があるとして是正勧告などを会社が受けた場合や、警察・検察が捜査をして会社や担当者が刑事処分を受けた場合は、高い確率で会社に対して安全配慮義務違反を問うことが可能です。

 

②また、労働者の安全対策として「労働安全衛生法」と「労働安全衛生規則」が定められておりますが、その条文に違反するような状況下で事故が起きたのであれば、安全配慮義務違反を問いやすいと言えます。

 

③当事務所の経験上、概括的に言えば、「教育不足が原因で被災した」または「会社の管理支配する場所で、会社から提供された機械や道具が原因で被災した」場合には、安全配慮義務違反を問いやすいと言えます。例えば、会社の工場で階段を下りている時に滑って転倒したというケースでは、会社に対して安全配慮義務違反を問うことは困難だと思われます(但し、業務中の事故であれば、労災保険は適用されます)。

 

安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の時効は10年です。

 

3.不法行為責任

事故の原因が企業の組織、活動そのものを原因とするような場合や、労働現場の建物・設備に危険があった場合(工作物責任 民法717条)などに認められることがあります。

労災に関して会社に責任追及する際に、法的な根拠となる不法行為責任としては、次の5種類があります。

 

・一般不法行為責任(民法709条)

・使用者責任(民法715条1項)

・土地の工作物の占有者ないし所有者に対する責任(民法717条)

・注文者の責任(民法716条但書)

・運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)

 

例えば、「同じ現場で作業していた方が落としたものに当たった」というケースはとても多くあります。このような場合、責任は誰にあるのでしょうか。

 

勿論、落としてしまった本人に落ち度はあります。しかし、労災事故の現場における「責任」は、落とした方の使用者(=会社)に対して追及され、損害賠償が行われることがほとんどなのです。

これを「使用者責任」(民法715条)と呼び、会社に対して損害賠償を行う際の根拠となります。

 

4.不法行為責任と債務不履行責任との違い

(1)遅延損害金の起算日(使用者が負う損害賠償債務がいつから履行遅滞になるか)

不法行為の場合は、不法行為時に遅滞に陥り、労働者側が請求する必要はありません。

一方、債務不履行は、履行の催告をした時に遅滞に陥り、労働者側の請求があってはじめて遅滞に陥ります。

 

このため、遅延損害金の起算日は、不法行為の方が、労働者側に有利です。

 

(2)消滅時効

1 改正前民法の適用がある労働災害について

安全配慮義務違反を根拠とする債務不履行責任を追及する場合、「権利を行使できるとき」から10年の消滅時効(民167条1項)、不法行為責任を追及する場合、「損害及び加害者を知ったとき」から3年の消滅時効と不法行為のときから20年の除斥期間(民724条、国賠4条。判例で除斥期間と解釈されていました)により消滅します。

 

2 2020年4月1日施行の改正民法の適用がある労働災害について

 改正民法の規定により、生命・身体を侵害された場合の債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効は、権利の行使をすることができることを知ったときから5年と、権利を行使することができるときから20年の消滅時効にかかることになります(改正民法167条)。また、この改正により、人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は5年とされました(改正民法724条の2)。

 これにより、生命又は身体を侵害された場合の損害賠償請求については、上記のとおり、債務不履行に基づく場合においても、不法行為に基づく場合においても、権利を行使できることを知ったとき(債務不履行)ないし損害及び加害者を知ったとき(不法行為)から5年、権利を行使できるとき(債務不履行)ないし不法行為のとき(不法行為)から20年と一致することになりました。

 

3 経過措置(改正前民法と改正民法のどちらが適用になるかについての規定)

不法行為による損害賠償請求権の時効規定について、法改正による混乱を防ぐための経過措置として「附則」が規定されています。

まず、附則35条1項により、2020年4月1日時点で改正前民法724条で規定していた「3年の短期消滅時効が完成していた場合や20年の除斥期間が経過していた場合」には、改正民法の適用がありません。また、附則35条2項の反対解釈により、2020年4月1日時点で3年の時効が完成していなかった場合には改正民法が適用され、5年の消滅時効にかかることになることになります。

附則

第三十五条 旧法第七百二十四条後段(略)に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による。

2 新法第七百二十四条の二の規定は、不法行為による損害賠償請求権の旧法第七百二十四条前段に規定する時効がこの法律の施行の際既に完成していた場合については、適用しない。

改正前第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

 

4 2020年4月1日以前に雇用契約が締結されていた場合の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求の場合(解釈)

民法改正の経過措置により、「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。」(附則第10条第4項)とされています。そのため、債権発生の原因行為が施行日前に行われていれば、改正前民法が適用され、消滅時効期間は「権利を行使することができる時から10年間」となります。

この点、労働者から使用者(勤務先)に対する安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求の事案については、「債務の発生原因である法律行為」は「雇用契約」であり、施行日(2020年4月1日)前に雇用契約が締結されている場合には、改正前民法が適用されます。(法務省:民法の一部を改正する法律(債権法改正)について、経過措置に関する説明資料参照、http://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_001070000.html.4頁)

 

(3)近親者固有の慰謝料

労働者が、労働災害で死亡した場合、

 

不法行為に基づく損害賠償請求では、近親者が固有の慰謝料を請求することができます(民法711条)。一方、債務不履行の場合は、近親者固有の慰謝料は、請求できないとされています。

 

5.後遺障害等級認定

労働災害によって負った怪我が「これ以上良くならない」という状態(「症状固定」)になると、「後遺障害(後遺症)」となります。

 

後遺障害(後遺症)には、最も重篤な1級から、比較的軽度な14級まで「等級」が定められており、それぞれの等級によって支払われる損害賠償金の額が決まっています。

等級がひとつ違うだけで、数百万円から数千万円まで差がつくことが多くありますから、少しでも高い等級の認定を得ることが、賠償金を得る上ではきわめて重要です。

 

個人側(労働者側)の弁護士が数多く存在する中でも、この「後遺障害」の認定を得意とする弁護士は僅かです。労働災害、そして医学に精通した弁護士に依頼することで、より高い後遺障害等級をめざすことが可能になります。

 

当事務所では、事案に応じ、交通事故の後遺障害に詳しい弁護士が被害者の方と病院に同行し、適切な後遺障害の認定を受けられるための後遺障害診断書の記載内容を医師に説明して協力をお願いしています。

 

6.「労災隠し」は犯罪

労災事故が発生した場合、使用者は遅滞なくそのことを労働基準監督署(以下、「労基署」といいます。)に報告する義務を負っています(労働安全衛生法100条1項、労働安全衛生規則97条)。事業主がこの報告義務を怠ると、刑事罰を課されることになっており、労災隠しを行った事業主について、労基署が検察官に書類を送致することもあります。事業主としては、①労災事故が発生したことを労基署に報告すると、労基署が事故の原因やその事業所において法令違反がなかったかどうかなどを調査し、必要に応じて行政指導や刑事告発を行う可能性があること、②労災事故が発生した事業所については、労災保険料が増額される可能性があること、③労災保険を適用する扱いをとらないことで、労働者に後遺障害が残った場合等についての責任や補償の問題をうやむやにしてしまいやすいことなどから、労災隠しをするようです。

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